全環期A.S.(Annulus Solis)
遥かなる昔、世界は未だ名を持たぬ混沌の海であった。そこに、ひとつの理が芽吹いた。
それが「星環の理(セリオス)」——星と生命、魔力と死を循環させる、万象の輪であった。
太陽の呼吸と月の脈動に連動して、魔力は大地を巡り、命は生まれ、滅び、また新たに芽吹いていく。世界は静かに、完璧に回っていた。セリオスの輪は、誰にも知られることなく、ただそこに在り続けた。
やがて、命が芽吹いた。最初に生まれたのは精霊であり、風や火、水や土に宿り、大地とともに生きた。
その後、知を持つ者たちが姿を現した。彼らこそが、後に「プロト=カルナ」と呼ばれる古代文明の祖である。星々と語り、魔力を言語として操る彼らは、やがてセリオスの存在を理解し、その力に手を伸ばした。
彼らは知ってしまったのだ。世界はただ循環しているのではない。セリオスとは、全ての命と出来事を記録し、調律し、未来へと送り続ける「星環の記録装置」であることを。
プロト=カルナは、その理を解き明かし、時間や死の制約すら超越しようと試みた。星環に干渉し、自らの文明の存続を永遠のものとしようと。
だが、それは「環」に対する冒涜であった。
セリオスはわずかに軋み、その流れが狂い始めた。そして、「深淵(アブソリュート)」が生まれた。
それはセリオスの外側、理の及ばぬ領域。そこには循環も調和もなく、ただ飢えた混沌が渦巻いていた。
深淵は世界に裂け目を穿ち、魔力の流れを毒し、かつての魔物や精霊たちを異形へと変えていった。時間は一部で歪み、空間はねじれ、死すら通用しない存在が生まれた。
こうしてプロト=カルナは、自らの叡智によって滅びを招いた。
文明は灰となり、ただセリオスに触れた痕跡だけが、各地に点在する。
この時代を、後の者たちは「全環期(Annulus Solis)」と呼ぶ。
それは世界が完全なる星環の下に在った、唯一の完全な時代。だが同時に、理を破壊した罪が記された、星環の黄昏の記録でもあった。
偽環期 F.A.(False Annulus)
それは、世界が偽りの環に縋り始めた時代――「偽環期(False Annulus)」の始まりだった。
太古の秩序「星環の理(セリオス)」が崩れ落ち、世界は星の軌道から外れた船のように漂い始めた。深淵は口を開け、魔力は奔流となり、理から逸脱した存在が現れる。
星の律は砕け、その破片が世界に歪みをもたらしていた。
人々は荒廃した世界の中で生き延びようとした。もはや星の導きはなく、空も海も変化し、時の流れさえも曖昧になっていた。
村は滅び、国は分断され、魔物たちが地上に跋扈する。
だが、その混沌の中にも、命の執念は残っていた。いくつかの地では古代の魔術師と霊術士たちが「封印」の儀式を編み出し、暴走した魔の力を抑える術を確立していった。それは星環の理を取り戻すものではなく、世界が崩壊しきる前に、それを“縫い留める”ための苦肉の策だった。
封印が打たれ、星の断片が縛られたとき、世界はようやく仮初の安定を得た。
しかし、それは完全なる再生ではない。世界の至るところには“ねじれ”が生じていた。空間と空間が繋がり、本来交わるはずのない層が交錯する。そして生まれたのが――「ダンジョン」と呼ばれる異空間である。
そこは、星環の破片が堆積した場所。時に古代文明の遺構が残り、時に魔力の奔流が資源を生む。人々はその存在に恐れを抱きつつも、生きる糧を求めて足を踏み入れるようになった。ダンジョンは、災厄であり、希望でもあったのだ。
やがて、封印の技は体系化され、各地に封印術を継承する神殿や学院が設立されていく。
魔物との抗争は続いていたが、わずかずつ人類は秩序を取り戻し、散らばった国々は、やがていくつかの都市国家へと成長していく。
偽環期――それは崩壊の記憶を抱きながらも、生存と再起を目指した人類の再構築の時代であった。
そして、深く歪んだ空間に生まれた“迷宮”の存在が、のちの時代における争いの種となるとは、まだ誰も知らなかった。
律断期A.R.(Annulus Refractum)
世界は今なお再建の只中にある。新たな秩序は模索され続け、セリオスの輪が再び完全な環を成す日を人々は夢見る。だが同時に、封印がほころびを見せつつある兆候も各地で観測されており、次なる大崩壊への恐れが静かに広がっている。
かつて、天は円環を描き、すべては調和の律の中にあった。
だが古の叡智はそれを乱し、封印の時代が一時の静寂をもたらした。
その封印も今や、軋み、罅割れ、世界は新たな断層の上を歩み始めている。
星環の理――セリオス。
欠けたそれは今なお修復されぬまま、空には虚ろな円の影を落としている。
人々はその断絶の時代を、こう呼ぶようになった。
律断期(Annulus Refractum)――かつての調和が断ち切られ、新たな理の試みが始 まった時代。
封印の時代の終焉から、七百年あまり。
それは決して穏やかな復興ではなかった。
各地に眠る遺構は「ダンジョン」として目覚めはじめ、歪みゆく空間と交錯した深部からは、新たな資源――星晶石、古魔導機、記録結晶――が吹き上がる。
その奥に息づくのは、忘れられし禁忌の魔力と、かつての罪だ。
人類は未だ、生存圏を魔物と奪い合い、時に契約し、時に喰われる。
文明は王都に集中し、魔導と錬成技術によって徐々にかつての力を取り戻しているが、それはあまりにも断片的で、脆い模倣に過ぎない。
それでも人々は進む。失われた律(セリオス)の一部でも掴むために。
深淵を覗き、時にその淵に足を取られながら。
王都グランテディアでは、冒険者ギルドが日々「ダンジョン探索者」を募り、国家とギルド、そして禁忌の技を狙う闇の勢力がせめぎ合う。
新たな魔法体系や戦術、「契約」による異種族との共闘が次々と編み出されていく中、人々は問う――欠けた環の果てに、再び調和は訪れるのかと。
もはや、世界はかつての理の回帰を望んではいない。
この断たれた律の上で、新たな円環を描こうとしているのだ。
そして
その環の中心には――貴方がいる。